三日月レモンのちょこっとエッセイ

絵や絵本を描いて暮らしています。日々の思い、感じたこと、体験したこと、過去のこと、そんな何気ないことを書き綴っていきます。

1984年生まれ高校生時の携帯の話

ブログ生活3日目

 

今日電車に乗ってふと気が付いたのだが、電車内の9割近くの人がスマホを見ていた。

若い人に限らず、小学生から高齢者までほぼすべての人が下を向いてスマホを操作していたので、今は本当にスマホの時代なんだなぁと車窓を眺めながら何気なく思っていた。

そしてぼーっと、「私が携帯持ったのっていつだっけ?」なんて考え始めた。

それは私が高校生だったころ…えっと、2000年、確か高校2年生のころ。

私が初めて持ったのは正式には携帯電話ではなくPHS

あの頃私の周りはほとんどが「ピッチ」だった。

何人か携帯電話を持っている子もいたけどほとんどピッチ。

忘れもしないKDDIのパワーキャロッツっていう機種。

今じゃ考えられないかもしれないけど、メールは15文字しか入力できなかった。

DXメールってのもあってそっちはたくさん入力できるけど、1送信20円とかだった気がする。

なので当時は安い15文字のショートメールが主流だった。

 

「イマエキツイタ」

「ツイタラデンワシテ」

「キョウゴハンイラナイ」

 

メールの文字はカタカナのみだったので、こんなロボットのような会話であふれていた。

15文字で要件を的確に伝えなえればならないので、必然的に用件のみのドライな会話文になってしまう。

今これをやったら読みにくいわ!ってなるけど当時はこれが普通だったから何も思わなかった。

ピッチの機能は、メールと電話のみ。

今みたいなカメラやインターネット、ゲームももちろんない。

けれど10代の若い高校生にとってそのセンセーショナルなデジタル機器は、現代人同様にすでに手放せられないほどの中毒ぶりを発揮していた。

メールと電話の機能しかなくて、おまけにメールも有料。

しかし私と同年代の人ならきっと小躍りして共感してくれるに違いない。

当時今のLINE並みに流行っていたのが「ワン切り」である。

もちろんいたずらではなく、れっきとしたコミュニケーションツールとして使っていた。

今みたいに無料で何かができるというものはなかったように思う。

電話もメールもお金がかかる、しかし高校生はお金がない。

じゃあお金がかからないで相手とやりとりできる方法は何か・・・それがワン切りである。

学校から帰って友達と別れると、ピッチに着信が入っている。

それを見てこっちも友達に電話をかけてワンコールで切る。

するとまた友達から着信が入ってワンコールで切れる。

こんなやりとりが続けられる・・・

今書いていても何やってたんだろう・・・これのどこが面白いんだろう・・・と思ってしまったが、ワン切りで物言わぬ会話が成立していた。

友達と別れた後くるワン切りは「もう家着いた?」、で私がワン切り「着いたよ!」、友達「私も着いたよ!」、私「楽しかったね」、友達「また遊ぼうね!」、私「うん!」、友達「またね」

・・・ワン切り一つで自分たちの中ではこんな会話が成り立っているのだから、よく考えたら究極のコミュニケーション手段を行っていたのかもしれない。

 

少し長くなるので明日もピッチの話の続きをしたいと思います。

3日目のブログも読んでくれてありがとうございます!

では今日はお疲れ様でした!おやすみなさい☆