三日月レモンのちょこっとエッセイ

絵や絵本を描いて暮らしています。絵本作家になって作品を作り続けることが目標です。日々の思い、感じたこと、体験したこと、過去のこと、そんな何気ないことを書き綴っていきます。

PHS時代の話 その2

 

 ブログ生活4日目

 

 

 昨日「1984年生まれ高校時の携帯の話」という話を書いた。書いていたら当時のことが次々思いだされて、長文になりそうだったので2日にわたって書くことにした。

昨日は当時流行っていた、お金のかからないコミュニケーション「ワン切り」の話を書いた。PHSにどこまでの機能があったか今となっては不確かだが、確か着メロは単音でのみ作れたように思う。「着メロ」「作る」・・・この単語を懐かしがってくれる人はいるだろうか?

 

 

少し話が脱線するが、以前美容室に言ったとき担当してくれた美容師さんと「着メロ」の話で大いに盛り上がったことがある。その美容師さんが「着メロ本ってありましたよね!」って言ったときなんか、懐かしすぎてむせかえってしまったくらい興奮した。

 

私「ありました!ツタヤとかに買いに行って、メロディー打ち込んだりしてましたよ!」

美容師「今じゃ考えられないですよね~」

 

 

そうなのである。昔は内蔵されている着信音とは別に、自分で譜面に音符を打ち込んで着メロを作ることができた。初期の頃はその音が一つの音階だけだったのが、新しい携帯が出るにつれて、「8和音」「16和音」「32和音」・・・と音階の数が増えていった。簡単に言うとはじめはアカペラで一人で歌っていたのが、ベースやら、ギターやら、コーラスやらが増えていき、だんだん壮大な、リアルな音に近づいいったのだ。当時はまだカメラの搭載がなされていなかったので、この着メロの和音数がが機種変更の時の決め手にもなっていたという方も多いのではないだろうか。

 

 

 

「おい!今度出る携帯48和音だってよ!」

「まじかよ!すげぇ!」

 

特に軽音部などの音楽が好きな男子たちはこの着メロに相当な意気込みを見せていた。そして毎月出る着メロ本を買い、新しい曲を授業中にもせっせと打ち込んでいた。そうそう、この着メロ本というのは、当時流行っていた曲が着信音用に譜面に起こされている本だ。初期の単音の時なら、何となく感覚でメロディを打ち込めることができても、和音が多くなるにつれ着メロ本が必須になるのだ。

 

 

 

それから着メロの和音数も限界に達したころ出たのが「着うた」だったように記憶する。これはそのまんまのCD音源で曲が流れるので、もう着メロは勝てない。100和音にしようが、200和音にしようが、もうCD音源が出た時点で、新しいアイドルの登場に沸き立つように全員がそっちに乗り換えた。だってもうせっせと譜面を打ちこまなくてもいし、800円~1000円くらいした着メロ本も買わなくていいし。あっさりとみんなに捨てられた着メロ本は影を背負ってひっそりと姿を消した。

 

 

それからカラー携帯が出て、カメラ付携帯がでて、TVが付いたり、お財布機能が出たり、インターネットができるようになったり、ゲームができるようになったり・・・メールや電話も今や無料でできる時代になった。かつての「ワン切り」の影はどこにもなく、今や操作しなくても「へいsiri!」「ok!グーグル」で動かせてしまう。たかだか十何年でこんなに進化するのだから、さらに10年後にはどうなっているんだろう?

 

 

さて少し長くなってきたので今日はここで終わりにします。

ブログ4日目、少し文字を打つのに慣れてきて楽しくなってきた今日でした。

ここまで読んでくれてありがとうございました!