三日月レモンのちょこっとエッセイ

絵や絵本を描いて暮らしています。日々の思い、感じたこと、体験したこと、過去のこと、そんな何気ないことを書き綴っていきます。

運がいい人も悪い人もいない

 

ブログ生活22日目

 

とある番組である人が

「私は神経質すぎるので損ばかりしています。周りからももっと鈍感になれといわれるんですけど、なかなかできなくて・・・」と話していた。

そこで相談に答えるカウンセラーの方は、

「神経質な方は、整理整頓が上手で、計画を立てるのもうまい、また人の気持ちに気が付きやすいので優しくて、心づかいができる方ですよ」

と答え、さらにこう続けた。

「短所は長所にも、長所は短所にもとらえることができなす。要は自分がどちらを見たいか、選びたいかということだけ」

詳細な会話まで覚えていないがだいたい要約するとこのようなことを言っていた。

 

 

また似たような言葉に、著述家・プランナーである中谷彰宏氏がこんな言葉を言っている。

「運がいい人も、運が悪い人もいない。運がいいと思う人と、運が悪いと思う人がいるだけだ」と。

私もその通りだと思った。

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人間というのは自然界の動物の中で唯一「意味づけ」をする生き物だ。

私たちは常に意味づけをして生きている。

雨が降る、偶然出会う、おみくじで凶を引く、懸賞に当たる…

日常にあふれている様々な出来事に対して、運が悪い、良いことがあるかも、何かの前兆かもと意味づけをして一喜一憂するのは人間だけだ。

 

おみくじに凶と書かれてあたからって人生に悪運が立ち込めるはずがない。

「運が悪くなるんじゃないだろうか・・・」と思う自分がいるだけなのである。

そして少しでもツイてないことがあると「おみくじ」のせいにして、証明しようとすらしているようにも見える。

「ほらー凶のせいだからだよー!」と言うために。

 

自然界の流れは一人の人にその力がむけられることはない。

雨が降ればほかでも雨は降っているし、その雨が恵になっている人も大勢いる。

 

「けどそんなこと言ったって楽しみにしてた日に雨が降ればがっかりするじゃん」

って気持ちはもちろん分かる。

しかし天気のことに関して言えば私はあまり気にしない人間だ。

それは天気に気持ちを左右されたくないからである。

 

例えばテーマパークや動物園など外で遊ぶ時に雨が降ったら最悪だ。

濡れるし、いちいち傘ささなきゃいけないし、たぶん晴れの日の半分くらいしか楽しめないように思える。

けど何日も前から天気のこと気にして一喜一憂させられるのが嫌なのだ。

せっかくのお出かけの計画も天気のことが気がかりでは、それを楽しみに過ごせる日々を台無しにしてしまう。

100%当たる絶対的な天気情報があってその日は絶対「晴れ」とわかっていたら、最大限に前日を楽しめるだろう。

しかし「雨降るかもしれない」と思っていたら楽しみやワクワクは最大限とは言えなくなるだろう。

「あれを着ていこう!」「これを食べよう!」「ここに行ってあそこも見たいな!」

とワクワクして過ごせる一番楽しい日々を私は天気のことで邪魔されたくないのだ。

最大限に楽しむためにはただ一つ。

「雨でもいい」と思うこと。

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外でのお出かけで一番嫌なパターンはおそらく雨だろう。

なのでその一番最悪なパターンを初めから受け入れるのだ。

どこに行く予定があっても私は「雨でもいい」と思っている。

なので雨具の用意をして、寒くなってもいいように持ち歩ける防寒着の用意をしておく。

「洋服濡れないようにポンチョを買ってみようかなぁ、100均のじゃちょっと味気ないかなぁ、300円均一にかわいい柄のがあったなぁ、。いっそいいやつを買おうかなぁ。いろいろ歩き回るより、このカフェでゆっくりお茶するのもいいよなぁ」

・・・とだいたいこんなことを考えて、レイングッズをネットで見て楽しんだり、カフェで食べるメニューを考えたりする。

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そして前日天気予報を見て「雨」となっていても、もう用意はしているので何とも思わない。

しかし天気予報は外れることも大いにある。

前日の予報ですら外れることもたびたびある。

雨でも楽しさは100%なので、当日晴れても同じ100%で出かけられる。

「そうか晴れたんだね、じゃあ雨具は置いていっていいね」くらいにしか思わない。

 

私はとにかく天気に気持ちや用事を邪魔されたくないのだ。

なので予定を決めた日に雨だろうが、雪だろうが私は天気の日となんら変わらないテンションで出かける。

家族には「こんな日にやめなよ」とか「え?!雨降ってるのに行くの?」とか止められるが、私はそんなことお構いなしに出かける。

 

 

雨女もいなければ、晴れ男もいない、くじ運がいいという人もいなければ、くじ運が悪い人いないと思っている。

雨女、雨男という人はたぶん外に出る機会が多いのだろう。

もしくは何となく雨に降られた機会が続き、今まで気にしていなかったけど「あれ?雨女なのかな?」と意識するようになり、以後、雨の時だけ反応するようになるからではないだろうか?

 

私もかつては雨女だと思っていた。

私が出るたびに雨が降っていたからだ。しかし考えるのをやめた。

例によって「雨でもいい」と思うようにしたからだ。

雨に意識を向けなくなると雨女などないことに気が付いた。

結構晴れの日もあるのである。というより8割は晴れている。

「なあんだ、自分の思い込みか」

と思った瞬間であった。

 

くじ運の良い悪いも同じことだ。

これもかつて私はくじ運が悪いと思っていた。

悪いと思っているから、最初からくじを引かないのだ。

くじ運の良い人に任せたりしていた。ここに問題がある。

 

引かないから、当たらない。

たまに引くと外れる。

やっぱり運が悪いとますます引かない。

 

ただ単に確率の話で、そりゃ数多くやっている人のほうが当たる確率が上がるという話なのだ。

以後、私はくじでもガラガラでも抽選でも臆することなくやるようにしている。

すると結構これが当たるようになったのだ。

ワインが当たり、アイスが当たり、美術館のご招待券が当たり、旅行券が当たり、クリスマスにはデパ地下のロールケーキ一本も当たった。

たいしたことないと思う人もいるかもしれないが、何も当たったことのなかった私にとっては大進歩だった。

変えたことはただ一つ。尻込みしないでどんどんやるようにしたこと。

 

だからもう雨女じゃないし、くじ運も悪くない。

私がそう思わなくなっただけの話だ。

 もしそう思い込んでいる人がいたら、思い込みを捨てることをおススメする。

雨に関しては「気にしない、雨でもいいと思う」

くじに関しては「当たらなくてもどんどんやってみる、数打てば当たる」

思い込むだけでラッキーになれるならこんな安上がりな話はない。

あなたが運が悪いと思っていて、運をよくしたいと思っているなら、運がいいものに目を向けてみればいいのだ。

 

「今日もご飯が食べられた!」

「今日も眠れる場所がある!」

「ラッキー!スーパーの半額シール張ってもらえた!」

目を向ければ、気が付けば、ハッピーなことってそこら中にあふれているのである。

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