三日月レモンのちょこっとエッセイ

絵や絵本を描いて暮らしています。日々の思い、感じたこと、体験したこと、過去のこと、そんな何気ないことを書き綴っていきます。

曽祖父の手紙

ブログ生活56日目

 

少し前に祖母が大切にしていた箱の中から曽祖父の手紙が出てきて、読ませてもらう機会があった。

曽祖父は祖母の父親なのだが、その昔仕事でニューヨークに行っていて、日本で暮らす二人の子供(祖母と祖母の弟)に定期的に手紙を送っており、その手紙を祖母が大事に保管してあったのだ。

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祖母は大正生まれなので、手紙は大正の終わりか昭和のはじめ頃に書かれたものだと思う。

何十通もの手紙を読ませてもらったのだけど、これがとても面白かった。

面白いといってもギャグが書かれているとかってわけではなく、私が感じた面白さとは「今も昔も変わらないんだなぁ」と思ったことである。

 

達筆すぎて読めない個所もあったが、二人の子供のことを案じているのがその手紙から伝わった。

「どんなことをしたのか、何をしているのか手紙に書きなさい」

「勉強も大事だけど、まずは体が一番です。健康は一番大事だから日頃から体を鍛えておきなさい。だからとって急に激しく運動したりしてはいけませんよ。徐々にやっていきなさい」

「クリスマスには○○君には○○を、○○ちゃんには○○のお人形を送ります」

・・・と、だいたいこんな内容のことが書かれてあった。

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ニューヨークから日本への国際電話の領収書のようなものもあって、たかだか3分くらいの通話で、当時の給料の3分の1に相当する通話料が領収書に記載されていた。

今だったら20万の給料の人が3分の通話に6.5万円使うのと同じである。

そんな大金をはたいても子どもたちの声を聞きたかったんだなぁ・・・と曽祖父の想いを感じた。

それと同時に手紙や領収書の一枚一枚も大事に保管していた祖母にも、祖母にとって曽祖父がどんな存在だったか言わずもがな伝わってくる。

 

私は曽祖父はおろか、祖父も私が生まれる前に亡くなっているので、私は生まれてこの方「おじいちゃん」というものがいない。

それでも母からは祖父のことを聞いたりしているので少し知っているが、曽祖父のことは母たちでさえあまり知らないから、これまで知る機会が皆無だった。

 

ただ、昔、一度だけ祖母から曽祖父のことを聞いたことがあった。

私が専門学校に行ってた頃、学校から姉妹校のあるニューヨークに行くプログラムがあって参加したことがある。

そのことを手紙で祖母に伝えると、返事にはこう書いてあった。

「私の父親も昔ニューヨークに行っており、当時は船で2週間かけて行っていました。しかし今は半日足らずで飛行機でビューっといけるのですからすごいですね」

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祖母から聞いた曽祖父の話はこれだけだったが、今回箱の中の手紙を見て、「あ、おばあちゃんが言っていたニューヨークに行っていた父というのはこの人のことだったのか!」と点と点が線でつながった気持ちになった。

 

私にとってはおばあちゃんだが、そんなおばあちゃんにも「○○ちゃん」と呼ばれて、遠く離れたニューヨークから定期的に手紙をもらい、クリスマスにお人形をもらい、3分の通話に給料の3分の1をかけてくれるお父さんがいたんだなぁ・・・と。

この気持ちを何といったらいいのかわからないが、単純に言うなら私は嬉しかった。

 

曽祖父の手紙を読んで、一部分だけかもしれないがどんな人か知ることができた。

消してしまったり、捨ててしまったりしたら知る由もなかったこと、たとえ領収書の一枚からでも世代を超えて伝わるものがあるんだなと思った。

手紙、アルバム、日記、メモ用紙。

どんな些細な出来事や言葉でも残っててくれると嬉しい。

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人にはそれぞれドラマがある。

たとえ有名でなくても、何かを成し遂げた人でなくても、遠い外国から子供のために手紙を書いていた・・・その事実だけでもやたらに嬉しい。

「体に気を付けなさい」なんてありふれた言葉かもしれないけど、その言葉が残っているだけで嬉しい。

曽祖父の想い、祖母が大切に保管していた想い、今度は私が大切にしようと思いました。

今日も読んでいただきありがとうございました。