三日月レモンのちょこっとエッセイ

絵や絵本を描いて暮らしています。日々の思い、感じたこと、体験したこと、過去のこと、そんな何気ないことを書き綴っていきます。

はじめての気持ち

ブログ生活63日目

 

最近、これまで生きてきた中で感じたことのない感情が芽生え始めた。

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それは絵を描いていて行き詰りを感じた時、「楽しい」と思うようになったことだ。

 

これまでは絵を描いている時、構図が決まらなかったり、色がうまく塗れない、色が決まらない時というのは大変に苦しかった。

苦しいばかりが続くともう絵を描くこと自体嫌になってきて、そんな感情になるのは自分に才能がないからだ(はなからわかっているけど決定づけられる)、むいてないんだ、と自暴自棄になって筆を投げていた。

ここに私の”根性のなさ”・”継続できない”という短所が浮き彫りになって、雪だるま方式に自己嫌悪に陥っていた。

 

・絵を描く→スムーズ筆が進む→楽しい=絵がすき

・絵を描く→うまくいかない→苦しい=絵が嫌になる

 

極端に言うとこの二択しかなかった。

楽しく好きになるのも、苦しく嫌いになるのも”うまくできるかどうか”。

それが今までの私の思考回路だった。

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けれどなぜだか最近、うまくいかない状態になると「うわっ!楽し!」となる。

正直自分でも不気味に感じて困惑した。

「ん?なんで今楽しいと思ったんだ?ワクワクしちゃったんだ?」と。

そして、「さあ、どう塗ろうかな?」「さあ、この絵をどうもっていこうか」とちょっと壁を感じたり、困難な状況を楽しむ自分がいる。

 

こんな感情は初めてなので、これが春の陽気に頭のねじがゆるんで感じている一過性の気まぐれな感情なのか、絵を描いていくうえで誰しも通過する、通過点的な感情なのかわからない。

私はまだ自分が信じられないので、前者の説のほうが濃厚な気がしているが、もし後者だったらとてもうれしい。

だってうまくいっても、いかなくても、どっちも「絵って楽しい」の答えになるのならこれ以上に自分が楽になることはない。

 

もう少し様子を見よう。

これからくる夏の暑さに溶けてなくなってしまいませんように・・・

でも気まぐれだったとしても、また描けなくなって苦しくなったとしても、こういう感情が芽生えたことだけは新たな発見だ。

調子の良いときは何もかも楽しくなることを知れたなら、それは調子の悪いときの希望になる。

とにかく今は描こう。

ひとつひとつ乗り越えることを楽しみながら。

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