三日月レモンのちょこっとエッセイ

絵や絵本を描いて暮らしています。絵本作家になって作品を作り続けることが目標です。日々の思い、感じたこと、体験したこと、過去のこと、そんな何気ないことを書き綴っていきます。

平成の思い出その②「一番怖かったこと」編

ブログ生活68日目

 

いよいよ明日で平成最後の日となる。

平成のことをここ最近思いだしていたのだが、「何が一番楽しかっただろう?」反対に「何が一番怖かっただろう?」と自分に問う中で3つの出来事を思いだした。

それは平成で一番怖かったことだ。

今日は平成で怖かったことと題してランキング形式で3つ書いていこうと思う。

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第3位は、「突然肩パン事件」だ。

25.6歳の時、夜間の大学に通う電車に乗っていた時のこと。

乗り継ぎのため電車を降りてエスカレーターに乗り、別のホームに向かおうとしていたところ、前から歩いてきたマスクに帽子にサングラスの男にいきなり肩パンをされた。

しかも結構強く。

私は一瞬何が起こったかわからなくて、そのまま歩き続けてしまったのだが、少し経って「今殴られたよね・・・」と気が付いた。

日常茶飯事の出来事に突然生まれる不協和音。

その違和感にとっさに状況理解が出来ず、ただ二の腕が痛み、後に青あざだけが残った。

「なんでだろう」「どうしてそういうことする人がいるんだろう」「私が男だったらやられてなかったのかな」

しばらくはそうした答えのない疑問が頭の中に居座り続けた。

あの一瞬の出来事はいまだに謎である。

ただ分かったのは、何の気なしにそういうことをする人が世の中にはいるってこと。

そしてそれがナイフじゃなくてよかった、と思うしかないこと。

突然の出来事は防ぎようがないということ。

まったくもって理解不能の、理不尽な、悲しくて痛い思い出である。

 

第2位は「エアポケットで客室乗務員絶叫の瞬間」である。

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23歳の時、高校時代の友人と海外に行き、帰りの飛行機でのできごと。

順調に飛行を続けていた飛行機が、機内で昼食を食べている時ガタガタと揺れ始めた。

「少し揺れているな」くらいにしかはじめは思わなかったが、だんだんとカップに入ったスープが揺れに合わせて波打つようになり、しまいにはカップからスープがこぼれて食事しているのが辛くなるほど揺れていた。

その時、突然!

遊園地のフリーフォールと全く同じように、飛行機が真下に「ガクーン!!」と落ちた。

それと同時に、食事を配っていた客室乗務員が「キャーーー!!!」と絶叫し、その場にうずくまってしまった。

その声に連鎖して四方八方から悲鳴が聞こえ、「あ、死ぬんだ」と、瞬間的に私は死を覚悟した。

結局、その後持ち直したのだが、エアポケットに落ちた経験だけは本当に生きた心地がしなかった。

この出来事がきっかけで私は「飛行機恐怖症」になってしまった。

早くどこでもドアか、飛行機よりも安い新幹線ができればいいのにと願うばかりである。

 

第1位は「バリでテロの恐怖におびえたこと」f:id:lemon_mikaduki:20190429171124j:plain

23歳の時、職場の仲良かった人とバリに行った。

5泊7日の日程も、後半に差し掛かった時のこと。

予定にはなかったが、現地の添乗員さんが、「ジンバブエのサンセット海岸で食事できるところがあるよ」と教えてくれたので、レストランでのバイキングにも飽きていた私達はそこを急きょ予約してもらうことにした。

本当に美しい夕焼の中、砂浜に並べられたテーブルでバーベキュー料理を食べ、音楽隊による演奏を聞き、素敵な時間を過ごしていた。

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食事を済ませ、ホテルに戻り、1日出歩いていた疲れや夕食で飲んだビールの酔いもあり、私達は自然と21時には就寝してしまっていた。

どのくらい眠っていたかわからないが、突然部屋に鳴り響くけたたましい電話の音がなった。

私はまだ夢の中で音が鳴っているような感覚で、友人が電話に出てくれて初めて「現実で電話が鳴っていたんだー・・・」と半分寝ぼけた状態で友人の電話の相づちを聞いていた。

すると友人が「えーー?!」と驚いたような声を出すのである。

それは「おめでとうございます!当選しました!」と言われた時に発せられる「えー?!」ではなく、訃報や事故など緊迫した状況を知ったときに出す「えー?!」だった。

そのただならぬ声で私は「何事だろう」と飛び起き、受話器をもつ友人の顔を見た。

「はい・・・はい・・・、あ、二人とも無事です」というのである。

「2人とも無事?私たちのこと?」

状況がつかめない私は友人が電話を終わって話を聞くのを待つしかなかった。

時計を見るとまだ夜中の12時だった。f:id:lemon_mikaduki:20190429172028j:plain

しばらくして電話が終わり「どうしたの?」と聞くと、「ジンバブエの海岸で観光客を狙った爆弾テロがあったんだって」と言うのである。

「え?!」全身に緊張が走った。

ジンバブエの海岸って私達がさっき食事してたとこじゃん!

「電話は誰からなの?」

「日本の旅行会社から。バリに行っている旅行者全員に安否確認をとっているんだって。まだ犯行グループの状況がわからないし、観光客狙いだから、身の安全を優先に、出歩いたりしないでくれって」

 

めちゃくちゃ怖かった。

観光客狙い?このホテルも爆撃にあうかもしれない!とその時、生まれて初めて身の危険を全身で感じた。

心臓のバクバクが収まらなかった。

テレビをつけて情報を見ようとするもテレビはつかない。

ひとまず家に電話しようとするもあの電話以降一切電話がつながらなくなってしまったのである。

当時は持っていた携帯も海外では使えなかったので、日の明けるのを待って旅行会社の指示を待つしかなかった。

結局怖すぎて一睡もできなかった。

「このホテルも襲撃されたら」と思うと眠くなんてならなかった。

 

次の日、もともとこの日は最終日だったが、出国する観光客で殺到するだろうということで私達も予定の観光をキャンセルして空港に向かうことになった。

早く家に「無事だよ」と電話したかったのだが、ホテルの電話は朝になってもつながらないままだったので空港でかけようと思っていた。

しかし案の定、空港は出国に急ぐ人で殺到して、外にまで列を作って並んでいたので電話をかける暇がなかった。

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それから私達は現地の添乗員さんの計らいで何とか早く搭乗手続きを済ませることができ、ようやく見つけた国際電話機で家に電話を入れた。

ちょうど母が出てくれ、「昨日の夜、旅行会社から二人の安否確認が取れましたって連絡きたのよ」と言ってくれた。

日本でもニュースになっていて心配していたらしいが、詳細によると、昨晩21時ごろ、ジンバブエの海岸にあるバーで観光客を狙った爆弾テロがあったということで、家族は私がそんな時間にバーに行っていないだろうと話しあっていたという。

実際、その時間は私も友人も早々に寝てしまっていたため「昨日の21時にはもう寝てたよ」と言ったら電話先で笑われた。

でもホッとした瞬間でもあった。

 

何事もなくてよかったのだけれど、テレビでテロの話を聞くのと、自分が実際にその現場の近くにいるというのはまったくの別物である。

そして情報が一切ないという恐怖、ここも爆撃にあうかもしれないという恐怖は、何とも形容しがたい恐ろしさがあった。

間違いなく平成で私が体験した中で一番怖かった出来事である。

 

そんな平成も明日で最後!

怖い思い出も、楽しい思い出もまた新たに来る「令和」に生きる土台や教訓になればいいなと思います!

今日も読んでいただきありがとうございました!