三日月レモンのちょこっとエッセイ

絵や絵本を描いて暮らしています。日々の思い、感じたこと、体験したこと、過去のこと、そんな何気ないことを書き綴っていきます。

地元がない

ブログ生活116日目

 

私には地元と呼べる場所がない。

生まれてから10歳までを長崎県で過ごし、10歳から29歳までを東京で過ごし、29歳から35歳の今現在は大阪で暮らしている。

なので初対面の人に「地元はどこですか?」と聞かれるといつも言葉に詰まってしまう。

いちいち、「生まれは長崎なんですけど、それから東京に…今は大阪に…」なんて回りくどい説明をするのもなんだかなと思い、一番滞在歴の長い「東京です」と答えるのだが、東京の人と思われるのは何か変な違和感を感じるのである。

長崎ののんびりした場所で育ったというプライドがあるのか、長崎に行けばホッとする落ち着く感覚があるためか、「ああ、やっぱり長崎はいいなぁ」というような郷土愛のようなものがあるためか、私の中で「東京の人」と思われることに対する無意識の拒絶があるのである。

それならば地元は「長崎です」って言えばいいじゃんって思うのだが、10歳の時以来戻っていないので道案内できるほど土地勘もないし、知り合いやかつての幼馴染たちも地方に点在しているので訪ねて行くような人もいない。

これを「地元」と呼べるだろうか?

そう、もう違うのだ。

ただの出身地にしか過ぎないのだ。

だから私には地元がない。そう呼べる土地がない。

 

だから私は地元がある人がすごく羨ましいし、「地元は○○です」ってすんなり堂々と言える人に憧れる。

「地元に帰ってお正月を迎えた」とか「地元の仲間がさ~」とか「やっぱり地元が落ちつくよね」とか言う人が羨ましい。

生まれてからずっと一つのとこに住んできた、その土地で生まれ育った、地元から離れたことない…というのがめちゃくちゃかっこよく見える。

何を失ってもタラの土地を愛し、そこで生き続けた「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラ

何度災難に遭おうと、農業がやっていけなくなっても、村がなくなっても、何度もみんなで立て直しウォールナットグローブを離れなかった「大草原の小さな家」のローラ・インガルス。

生まれも育ちも木更津で、木更津を愛し、木更津で仲間と青春の日々を過ごす「木更津キャッツアイ」。

私が好きな映画やドラマは地元愛がベースになっているものが多い。

自然とこういうものを見てしまうのも、自分にはないものへの憧れからである。

 

そう・・・ない物ねだりだというのは分かっている。

私とは逆に生まれてから一度も引っ越したことのない友達にこの話をすると、「引っ越しいいじゃん!私はいろんなとこ住んでみたかった」というのだ。

なぜかと聞くと、生まれてからずっと地元に住んでいると近所のおじさんおばさんに道でいちいち声かけられるし、近所の付き合いが濃厚で断るに断れないこともたくさんあって煩わしいというのだ。

その点、他県に引っ越すとそういった近所づきあいがないのでいい!と逆に羨ましがられた。

そんなものなのかなぁと聞いていたが、それでも自分にも生まれ育った愛する土地があったらと思う。

私の叔母夫婦はお互いにその土地で生まれ育ち、同級生同士で結婚をし、今もその土地に住み続けている。

私にはめちゃくちゃ素敵なことに思える。

 

来世ではきっと一つの土地に生き、そこを愛し、その土地で生涯を送る人生を送ってみたい。

今叶わなくても、もし次生まれ変わったら・・・と考えると夢が広がって実に楽しい。

もし神様かなんかが「次はどこの国の人間になりたいかね?君は三日月レモンだったときカメを助けたことがあるからその褒美に希望を叶えてあげよう」なんて言われたときのために・・・なんて勝手に一人で考えて、高校の時の社会科の世界地図を出してきてどの国にするか真剣に考えたりしている。

今のところ、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドチェコが候補なのだが、その国の旅行ガイドブックを見ているとさらにワクワクして妄想が広がる。

「ん?海外行くの?」と友達に聞かれて、とっさに「あ・・・いや、その来世で・・・神様が・・・」なんて答えてしまったので、眉をひそめられてかわいそうな人扱いされたことがあったが、自分で勝手にテーマを決めていろいろ考えたり妄想するのは実に楽しい。

 

「地元がある」

いつかそう言える場所で生きられたらという私の小さな願望の一つです。

本日も読んでいただきありがとうございました!

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