先生のおばあちゃんのカルピスソーダ
ブログ生活151日目
皆様こんばんは!
いよいよ夏本番となってきましたね!
朝から鳴くセミの声、半袖の毎日、冷たい麦茶、スイカやきゅうりを食べる機会が増えてきて生活の変化にも夏を感じずにはいられません。
子供の頃なら来たる夏休みに心躍らせ、ピアニカや習字道具、朝顔なんかを少しづつ分けて持ち帰りはじめ、通知表にドキドキしている頃合だったかなぁ、とふと思い出したりしてしまいます。
私は小学校1年生の頃から毎週土曜日は習字を習いに行っていました。
学校が午前中で終わり家に帰ってお昼ご飯を食べてから習字の先生の家へ行くのです。
母は専業主婦でしたが、土曜日は小学校の体育館でママさんバレーをやっていたので、私が帰ってくる頃にはもう出かけていました。
姉や兄は私より帰りが遅かったので、唯一土曜日のお昼だけは一人で食べていました。
誰もいない家に帰るとテーブルには3人分用意されたお昼ご飯と、おやつの入った木の入れ物が置かれてあり、こんな時期なんかはセミの声が鳴り響く中黙々と一人で食べていたのを覚えています。
それからしばらくして2時頃に幼なじみの子と一緒に先生の家に行くのですが、たまにその子が用事で行けない時やお休みするときは一人で行っていました。
そんな小学校1年生の暑い暑い夏の始まりの日のこと。
例によってその日は一人で習字の先生の家へ行きました。
先生の家は子供の足で30分くらい。
坂の上のさらにそのまた坂の上の1番高い場所にありました。
たかが坂と思ってもらっては困るのでここで一つ言っておきます。
私の育った長崎の町というのは言わずもしれた「坂の町」です。
それもただの緩やかな坂というようなものとはわけが違います。
長崎の坂は別名「地獄坂」とも呼ばれていて、平均勾配は24%と言われています。
場所によっては最大勾配は30~35度、スキージャンプ台並の斜度と言えば想像がしやすいのではないかと思います。
観光地などは斜行エレベーター等が設置されているくらいです。
慣れない人にとっては「車がひっくり返るかと思った」と言うほどの坂です。
しかも坂の上にあるのは住宅地のみ。
その為学校へ行くのも、スーパーへ行くのも、バス停に行くのも、図書館へ行くのも、とにかく何をするのにも坂を降りていかないといけません。
朝、長い坂を降りて学校へ行き、坂を登って家に帰り、習い事へ行くために坂を降り、終わって坂を登って家に帰り、友達と公民館で遊ぶのに坂を降り、帰るのに坂を登り…
それが当たり前でした。
坂ばかりなので長崎の人は自転車はほとんど乗りません。
持っている人のほうが珍しいです。
なので私も当時は足腰がめちゃくちゃ強かったと思います。
しかしそんな坂慣れしている私でも習字の先生の家へ行く坂は、群を抜くほどすごい坂でした。
当時の私が知る坂の上で1番の坂でした。
トップオブザ坂でした。
坂の王様でした。
ましてや暑い夏の日盛りに行くのは子供ながらになかなかの修行のようでした。
私はお昼ご飯を食べ終わると、幼稚園生の頃から使っている赤いリボンのついた麦わら帽子をかぶって、手には習字道具を持って出かけていきます。
現代のように「熱中症」とか「水分補給!」なんてあまり言われていませんでしたから水筒なんて持って行きません。
まず家を出て坂を降りてバス停のある通りまで出ます。
それから小道に入り、山のように迫りくる坂を登りまじめます。
半分までくると少し平坦な道に出ますが、ここからまたさらなる急坂を登ります。
その坂の1番上にあるのが習字の先生の家です。
先生はおじいちゃん先生で、お家は平屋の一軒家でおばあちゃんとふたり暮らしです。
客間のようなところを習字教室の部屋に使っていて、家に入ると少しお線香のにおいと、墨汁のにおいがしました。ホッとするにおいでした。
いつもは先生にしか会わないのですが、その日はおばあちゃんがむかえてくれました。
私は汗だくで「こんにちは!」と元気に挨拶して教室の部屋に行こうとしました。
そしたらおばあちゃんが「まあまあ、暑かったやろう、大変やったわね」と言って、「ちょっとそこに座らんね」と居間のソファに腰掛けるように言いました。
私は言われるがままそこへ座り、教室の部屋の方(居間の奥)を見ると誰も生徒は来ていませんでした。(誰もこんな暑い日に来ないか…)
私は雨だろうが暑かろうが雪だろうが、いつものサイクルを崩すのができないたちです。
なのでその日もいつもの時間になったから来たといった感じでした。
けど実際は時間は決まっていないのでいつ来てもいいのです。
なので夏は夕方にくる生徒さんが多いのだと思います。
とにかくおばあちゃんは私をかわいそうに思ったのか、台所から飲み物を持ってきてくれました。
「少しこれば飲んで休んでからにせんね」
おばあちゃんはそう言ってくれたので、私はコップを受け取りごくごくと飲みました。
初めて飲んだものでした。
少し濃いめに入れたカルピスに優しい炭酸のソーダが私の熱い身体と喉を瞬間で冷やしてくれました。
私は「こんな美味しかもの初めて飲んだばい!」とおばあちゃんに言いました。
本当にそうだったからです。
私は暑い日に行ってよかったなぁって思っていました。
他の子は先生の家でジュースを飲んだりしたことなんてなかったので、私だけなんだ!と自慢のように思っていました。
私はその日家に帰ってから母にそのことを得意気に話しました。
「先生の家はハイカラね〜」と言っていました。
大人になった今でもあのカルピスソーダの味は忘れません。
夏になると思い出し飲みたくなる…先生のおばあちゃんのカルピスソーダのお話でした。
本日も読んでいただきありがとうございました!